葵せきな先生書き下ろしTwitter小説

34【ゲーマーズと過去と未来―前編―】9月28日 掲載

ゲスト挿絵イラスト「さき」さん

「雨野君に入部を断られた時の気持ち、ですか?」
 天道さんと交際を始め、しばらく経ったある日のこと。
 いつものように二人、ゲーム部の部室で弁当を広げたところで、僕はかねてから訊きたかったことを切り出してみた。


「いきなりどうしたんですか、雨野君?」
 タコさんウィンナーを摘まんだまま首を傾げる天道さん。
 僕は頬を掻いて補足する。
「いえ……あの時は天道さんに悪いことしたなぁという罪悪感めいたものが、僕の中にはずっとありまして」


 恐縮する僕に、天道さんは微笑で返してくれる。
「雨野君は相変わらずですね。そんなのもう全く気にしていないですよ。雨野君のスタンスも、今となっては理解できていますし」
「でも、当時はムッとしたでしょう?」
「そ、それは……」


 言葉に詰まり、少し気まずそうにウィンナーを口に運ぶ天道さん。
 僕は勇気を振り絞って、更に押した。
「ど、どうなんですか、天道さん。あの時、実際、どう思ってたんですか?」
「……正直に答えた方が、いいですか?」
「是非!」


 天道さんは根負けした様子で嘆息し、一旦箸を置く。
「……仕方ありませんね。では当時の私の心の声を……僭越ながら今この場で、再現させて頂きます」
「お、お願いします!」
 背筋を伸ばして、真摯に拝聴する体勢へと移行する僕。


「こほん」
 彼女は咳払いをして居住まいを正すと、僕を正面から見据え、そして――
 ――突然の涙目と共に、ヒステリックに叫んできた!
(改行)
『な、何この人! 嫌い! 大嫌いよ! ば、バーカバーカ! わーん!』


「うぐ!?」
 雨野景太の精神に突然の大ダメージ! 思わずシャツの胸元をギュウと握り込む!
 一方の、天道さんはと言えば……。
「……です」
 そう締めてすっかり元の落ち着いた彼女に戻ると、冷えた白米を口に運び始めた。


「すいませんでした……」
 思わず謝罪の言葉を口にする僕に、天道さんがギョッとする。
「い、今更謝られましても。先程も言いましたが、今となっては私、貴方を理解していますし」
「それでも僕、当時の天道さんに、ちゃんと謝りたくて……」


 僕の言葉に、ぷっと吹き出す天道さん。
「なんですかそれ。貴方の誠実さときたら、いよいよ極まってきましたね」
 そう言いながらも温かな眼差しを僕に向けてくる天道さん。
 僕が目を逸らすと、彼女は「でも」と続けてきた。


「そういう話をするのでしたら、私にだって『あの時雨野君は実際どう思ってたのかしら』と気になっていることが一つありますよ」
「え、そうなんですか? どこですか?」
 僕の質問に、天道さんはお茶で軽く唇を湿らせてから答えてきた。


「私が初めて雨野君にゲームショップで声をかけた時。あの時の、貴方の率直な第一印象や感想を聞かせて貰ってよろしいかしら?」
「え、ええ?」
 思わず頬を赤らめる僕。と、天道さんは目を爛々と輝かせ、更に前のめりに訊ねてきた。


「是非訊きたいですね、ええ!」
 何かとても期待した様子の天道さん。……まいったなぁ。
「(でも……僕も、真摯に答えないとだよな、うん)」
 僕は腹を括ると、当時の自分の心を、今の自分に降ろす。


 そうして僕は……天道さんが期待の目で見守る中、当時の心境を全力で再現した。
(改行)
『な、なんだろう、これ! やだなぁ……怖いなぁ……! 帰りたいなぁ……!』
(改行)
「それ稲川○二が異形に遭遇した時のリアクションよねぇ!?」


 なにやらショックを受けて愕然とする天道さん。僕は心配になって思わず訊ねた。
「どうかされましたか天道さん。お弁当に喋る唐揚げでも入ってましたか?」
「怖っ! なんですかその発想!」
「あるあるすぎましたかね」
「ないですよ!」


「いえね……その唐揚げときたらこちらを睨んで『臆病者(チキン)……』と囁く上に、箸を刺すと凄まじい悲鳴を上げて肉汁をまき散らすんですよ……」
「稲○淳二の口調で稲川淳○が話したこともないエピソードを語らないで!」


 天道さんはそこで一度咳払いをして、仕切り直してきた。
「そんなことより。なんなんですか、その、雨野君の私に対する第一印象……」
「あ、天道さんは何も悪くないんです。ただ、僕が臆病なだけで」
「どういうこと?」


「いや、だって、あの天道花憐ですよ? 人類の頂点にして至宝にして英雄にして高次元存在の、天道花憐ですよ?」
「その天道花憐さん、私知らないのだけれど」
「それが僕如きに話しかけてくるなんて……凶兆すぎます!」
「酷い言い草!」


「つまりは、光栄とか恐縮とかの感情が極まった感じだったんですよ」
「な、なるほど。そういうことでしたら、よろしいですけど……」
 そう言いながらもなぜかぷくっと頬を膨らませる天道さん。
 僕はおかずをつまみながら軽く補足した。


「だから勿論、『綺麗だなぁ』『天使だなぁ』『優しいなぁ』『いい匂いだなぁ』『夢みたいだなぁ』『幸せだなぁ』という気持ちでも満たされてましたけどね。言うまでもないことだと思うので、省略しましたけど」
「へ、へぇ……そうなの……」


 気のない返事をしつつ俯く天道さん。なぜかその耳は赤く染まり、僕と全然視線を合わせてくれない。
 仕方なく僕らはそのまま、黙々と食事を進めた。
 そうして、食事が一段落したところで……僕は、改めて彼女に切り出す。
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